いくら描いても、そうなってしまうものには理由がある。
そしてその理由を言葉にするのは難しい。
絵にしていくほうが、いくぶん楽な気がする。
当たり前か・・・
自分の器は自分がよく知っている。
世間が思ってるほど自分は善良ではないが、静かに絵を描いていたい。
普通の普通の絵を描く人でありたい。
才能がありあまるような人や、賢人をみるたびに自分が情け無くも思えるが。
自分に出来る唯一の前進は、描き続けていくこと以外にはないでしょう。
過去のあやまちや非礼が首を絞める時も、絵を描く時には真摯な態度をとっていたい。
どうでもいいことが自分を悩ます時も、真面目に画面に向かいたい。
よくよく考えてみれば、横浜の個展のためにそうとうの集中力、精神力、そして体力を使ったのだ。
そして生まれた作品たちを、良いと言ってくれる人達も素通りする人達も・・・
どう評価されようと、作ったものは残っていく。
過去をスクリーンの向こうに追いやっても、それはそこに存在し続ける。
逃げることはできない。
誉められちやほやされても、けなされ袋叩きにあっても。
僕がどこか知らないところへ逃げ込んでも、いつか死んでも。
作品たちは人々の目の前にありつづける。
人々が絵の前にたたずもうと、素通りしようと、誰にも見られずとも。
絵はそこに在る。